SF作品と科学考証

『インターステラー』はどこまでリアル?物理学で旅を再体験

映画『インターステラー』を観終えたときの、あの胸を締め付けられるような感動と、宇宙の壮大さへの畏怖を覚えていますか?

美しい映像、壮大な音楽、そして胸を打つ親子の物語。しかし、この映画のもう一人の主役は、間違いなく「物理学」です。

この記事では、作中に散りばめられた難解でありながらも魅力的な物理学の謎を、初心者から中級者の方にも分かりやすく、そして深く解説していきます。

この記事を読めば、あなたはきっともう一度『インターステラー』を観たくなります。そして、次に観るとき、その物語は科学的な納得感という新たな次元を手に入れ、以前とは比べ物にならないほど深く、鮮やかにあなたの心に刻まれることになるでしょう。

【導入】「最高の物理学入門書」としての『インターステラー』

多くの人が『インターステラー』の壮大な映像と親子の愛の物語に感動し、その記憶を共有しています。しかし、もしその感動が、緻密に計算された科学的リアリティによって裏打ちされているとしたら、どうでしょう?

本作は、製作総指揮に2017年のノーベル物理学賞受賞者であるキップ・ソーン博士を迎え、彼の計算に基づいて宇宙の姿を映像化しました。

これは単なるSF映画ではありません。アインシュタインの相対性理論が織りなす世界の過酷さと美しさを、私たちに教えてくれる「最高の物理学入門書」なのです。

さあ、科学というレンズを通して、再びあの壮大な宇宙の旅へ出発しましょう。本記事では、①残酷なほどの『時間の遅れ』②科学者が描いた『本物のブラックホールの姿』、そして③愛が時空を超える『5次元の世界』という3つのテーマを軸に、物語の核心に迫っていきます。

なぜミラーの星の「1時間」は地球の「7年」なのか?

「ミラーの星での1時間は、地球での7年に相当する」

この設定は、クーパーと娘マーフの間に横たわる、あまりにも残酷な運命の象徴でした。なぜ、これほど極端な「時間の遅れ」が生じるのでしょうか?

その答えは、アインシュタインの一般相対性理論にあります。

重力が強いほど、時間はゆっくり進む

よく「トランポリンの上に置かれた重いボウリングの球」に例えられます。トランポリン(時空)は、重い球(天体)によって深く沈み込み、歪みます。この時空の歪みこそが重力の正体であり、歪みが大きい場所ほど、時間の進みは遅くなるのです。

ミラーの星は、超大質量ブラックホール「ガルガンチュア」のすぐそばを公転しています。ガルガンチュアが作り出す時空の歪みは凄まじく、そこはまるで「時間の流れが澱んだ深い谷底」。だからこそ、クーパーたちが過ごしたわずかな時間が、地球では数十年という歳月になってしまったのです。もしあなたがクーパーと同じ立場なら、このあまりにも大きな時間の代償をどう受け止めますか?

この設定は、単なる科学的な面白さのためだけではありません。物理法則がもたらす抗えない現実が、親子の絆を引き裂き、物語に深い emotional な重みを与えているのです。

しかし、クルーたちが直面する物理法則の驚異は、この時間の歪みだけではありませんでした。次に彼らを待ち受けていたのは、時空そのものを突き抜ける未知への扉だったのです。


未知への扉 – 科学者が描いた「本物のブラックホール」の姿

『インターステラー』を象徴するビジュアルといえば、土星の近くに静かに浮かぶ謎の球体「ワームホール」と、圧倒的な存在感を放つブラックホール「ガルガンチュア」ではないでしょうか。

息をのむほど美しいあの映像。実はこれ、アーティストの想像力だけで描かれたCGではありません。物理学者が持ちうる限りの知識と計算を注ぎ込み、「本物ならこう見えるはずだ」という姿をシミュレートした、科学的探求の結晶なのです。

なぜワームホールは「穴」ではなく「球」なのか?

多くのSF作品で時空のトンネルが「穴」として描かれるのに対し、『インターステラー』のワームホールは水晶玉のような「球体」でした。なぜでしょう?

その答えを提示したのは、科学監修を務めたキップ・ソーン博士です。

博士の理論によれば、ワームホールは3次元空間に住む私たちにとって「高次元空間への入り口」です。もし私たちが2次元の世界(紙の世界)に住んでいて、そこを3次元のパイプ(トンネル)が突き抜けたら、入り口は「円」に見えるはずです。それと同じように、3次元の私たちが4次元以上の空間に繋がるトンネルを観測した場合、その入り口はあらゆる方向から見ても「球体」に見える、と博士は計算しました。

CGではない?物理法則から生まれたブラックホール「ガルガンチュア」

本作の科学的リアリティが最も発揮されたのが、ブラックホール「ガルガンチュア」の描写です。

驚くべきことに、制作チームはソーン博士が提供した一般相対性理論の方程式を基に、この映画のためだけに新しい映像制作ソフトを開発しました。 このソフトは、アインシュタインの方程式が予測する光の歪みを1ピクセル単位で計算できるもので、そのデータ量は最大800テラバイトにも及んだと言われています。これは映画全体のデータ量に匹敵するほどの情報量です。

この途方もない計算によって、科学的に極めて正確なブラックホールの姿が描き出されたのです。

まず目に飛び込んでくるのは、ブラックホールに吸い込まれていくガスやチリが高温で輝き、まるで土星の輪のように本体を取り巻いている円盤です。これは「降着円盤(こうちゃくえんばん)」と呼ばれるものです。

そして最も奇妙なのは、この円盤が本体の上下にも後光のように見えている点でしょう。

その秘密は、ブラックホールの強大な重力が光さえもねじ曲げてしまう「重力レンズ効果」にあります。裏側に回り込んだ円盤の光が、ブラックホールの重力によってぐにゃりと曲げられ、私たちの視点まで回り込んできているのです。

このシミュレーションはあまりに画期的だったため、映像制作の成果がなんと専門的な科学論文として2本も発表されました。

[画像:映画のガルガンチュアと、EHTが撮影したM87ブラックホールの比較画像をここに挿入]

さらに、2019年に史上初めて撮影に成功したM87ブラックホールの姿は、この『インターステラー』で描かれた円盤の姿を強く裏付けるものでした。映画公開から5年後、現実の世界がフィクションの正しさを証明したのです。

しかし、『インターステラー』が私たちに提示する宇宙の深淵は、観測可能な現象だけではありません。物語のクライマックス、クーパーは物理法則の限界を超え、人間の理解を超えた次元へと足を踏み入れることになるのです。


5次元の世界へ -「愛」は時空を超える物理量なのか?

物語のクライマックス、クーパーはブラックホール内部で「テッセラクト」と呼ばれる超立方体構造にたどり着きます。そして、娘マーフの部屋の本棚を通じて、過去の自分にメッセージを送りました。

この超現実的なシーンこそ、本作で最も speculative(推測に満ちた)でありながら、物理学の最先端理論に根差した場面です。

時間が「場所」になる5次元空間

私たちは「縦・横・高さ」の3次元空間に、「時間」という1つの次元を加えた4次元時空に生きています。

『インターステラー』では、この4次元時空を内包する、さらに高次元の存在(5次元の知的生命体)が想定されています。彼らにとっては、私たちにとっての「時間」も、まるで「場所」のように自由に移動できる物理的な次元の一つなのです。

クーパーが入り込んだテッセラクトは、マーフの部屋のあらゆる時間を、空間として並べた場所でした。彼はそこから、望む時間のマーフの部屋を「見る」ことができたのです。

メッセージを届けたのは「重力」

では、どうやってメッセージを送ったのか? 映画はその手段を「重力」であると示唆します。

物理学の最先端理論の一つである「超ひも理論」などでは、私たちが知る力(電磁気力など)は3次元空間に閉じ込められているのに対し、「重力だけは次元を超えて伝わる性質を持つのではないか」という仮説があります。

映画はこの仮説を採用し、5次元空間にいるクーパーが重力を揺らすことで、4次元時空にいるマーフの部屋の時計の針を動かし、モールス信号としてメッセージを伝えた、と描写しているのです。

そして、そのメッセージの内容、つまりどの本を落とすか、時計の針をどう動かすかをクーパーに教えたものこそ、時空を超えた娘への「愛」だった、というのがこの物語の核心なのです。

【まとめ】『インターステラー』から始める、あなたの宇宙探求

ここまで、『インターステラー』の物語を支える3つの大きな物理学の柱を見てきました。

  • 一般相対性理論がもたらす時間の遅れ
  • 物理シミュレーションが生んだ本物のブラックホールの姿
  • 高次元物理学の仮説に基づく時空を超えたメッセージ

『インターステラー』は、私たちに壮大な感動を与えてくれると同時に、宇宙の仕組みを知るための好奇心の扉を開けてくれる、最高のガイドです。

この記事をきっかけに、少しでも宇宙と物理の世界に興味を持たれたなら、次の一歩を踏み出してみませんか?

  • 【書籍】より深く知る
    まずは、科学監修を務めたキップ・ソーン博士自身による解説書『インターステラー』(日本語版あり)を手に取ってみてください。映画で描かれた科学のほぼ全ての答えが、この一冊に詰まっています。
  • 【映像】視覚的に学ぶ
    ドキュメンタリー『COSMOS:時空と宇宙』は、最新のCGを駆使して宇宙の謎を解き明かす、最高の教養番組です。物理学の概念を、美しい映像と共に直感的に理解できます。
  • 【映画】次のSF体験へ
    科学的リアリティを追求した映画として、火星でのサバイバルを描く『オデッセイ』や、言語学と時間の概念に迫る『メッセージ』もおすすめです。
あなたが『インターステラー』で最も心を揺さぶられた物理現象やシーンは何ですか?
ぜひ、コメントで教えてください!

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