氷の巨人、天王星。その横倒しになった奇妙な惑星には、同じく奇妙で個性的な「五兄弟」とも呼べる衛星たちが付き従っています。
太陽系一の断崖絶壁、つぎはぎだらけのグロテスクな姿、そして氷の下に眠るかもしれない広大な海――。
この記事では、天王星の五大衛星ミランダ、アリエル、ウンブリエル、チタニア、オベロンの驚くべき素顔に迫ります。この記事を読み終える頃には、あなたは以下の謎の答えを手にしているはずです。
- なぜ太陽系一グロテスクな天体が生まれたのか?
- 天王星の衛星の氷の下には、本当に海が広がっているのか?
- 私たちがその真実を知る日は、いつ訪れるのか?
彼らが物語る、天王星系の激しい歴史を一緒に旅しましょう。
序章:天王星の衛星劇場へようこそ – シェイクスピア家の五兄弟
太陽系の多くの惑星や衛星がギリシャ・ローマ神話から名付けられている中、天王星の衛星たちは一風変わった伝統を持っています。
その名は、ウィリアム・シェイクスピアやアレキサンダー・ポープといった、イギリス文学の登場人物に由来するのです。
- チタニア & オベロン: 『夏の夜の夢』
- アリエル & ミランダ: 『テンペスト』
- ウンブリエル: 『髪盗人』(ポープ作)

そして、彼らが周回する天王星系そのものが、太陽系随一の変わり種です。惑星の自転軸は約98度も傾き、まるで横倒しのまま太陽の周りを公転しています。
この原因として最も有力なのが、数十億年前に地球サイズの原始惑星が衝突したという「巨大衝突説」です。この大激突によって惑星は傾き、周囲に飛び散った破片から、現在の五大衛星が生まれたと考えられています。
まさに、壮大な悲劇から始まった「衛星劇場」。その主役たち一人ひとりのプロフィールを見ていきましょう。
太陽系一の異形!つぎはぎの怪物「ミランダ」の壮絶な過去
天王星の五兄弟の中でも、ひときわ異彩を放つ末っ子がミランダです。この小さな衛星は、まるで誰かが宇宙のスクラップを寄せ集めて無理やりくっつけたかのような、衝撃的な姿をしています。地質学の常識が通用しないその姿から、科学者たちは「フランケンシュタインの怪物」とさえ呼びます。
太陽系一の断崖絶壁「ヴェローナ・ルペス」
ミランダの驚くべき地形の代表格が、「ヴェローナ・ルペス(Verona Rupes)」と名付けられた巨大な断崖絶壁です。
その高さは、なんと推定20km。地球で最も高い山であるエベレスト(約8.8km)の2倍以上、グランドキャニオンの最も深い場所の10倍以上というとてつもないスケールです。これは、かつてミランダの地殻が大きく引き裂かれた際にできた、巨大な断層崖だと考えられています。太陽系で知られている中で最も高い崖です。

もしもコラム:ミランダの崖からジャンプしたら?
ミランダは重力が地球の約80分の1しかありません。もしこの崖の上から飛び降りたとしたら、時速200km以上の猛スピードに達しながらも、なんと12分以上もかけてゆっくりと地面に到達すると計算されています。それは「落下」というより、崖に沿って壮大な「飛行」を楽しむような、SF映画さながらの体験になるでしょう。
なぜこんな姿に?奇妙な地形「コロナ」の謎
ミランダの表面が「つぎはぎ」に見える最大の原因は、「コロナ(Coronae)」と呼ばれる巨大な地形です。これはレーストラックのような溝や尾根が幾重にも重なった地形で、周囲のクレーターだらけの『古い』地形を、後から『若い』地殻活動が上書きしたように見えます。ミランダがかつて活発な天体だったことを示す重要な証拠なのです。
コロナの名称 | 特徴 |
---|---|
インヴァネス・コロナ | 明るいV字型の模様が特徴的。「シェブロン(山形紋)」とも呼ばれる。 |
エルシノア・コロナ | 楕円形で、外側を尾根が、内側を滑らかな地形が取り囲んでいる。 |
アーデン・コロナ | 長方形に近く、複雑な溝と尾根が入り組んでいる。 |
仮説①:一度砕け散り、再び集まった「破砕・再集積説」
ボイジャー2号がミランダの画像を地球に送り返したとき、科学者たちが最も衝撃を受け、そして最初に考えたのがこの説です。
「ミランダは過去に巨大な天体と衝突し、一度バラバラに破壊された。そして、その破片が再び自身の重力によって無秩序にくっつき合い、現在のつぎはぎの姿になったのではないか?」
仮説②:内部からの突き上げ「潮汐加熱説」
一方で、より新しい研究で有力視されているのがこちらの説です。
「天王星の強大な重力によって内部が引き伸ばされたり縮められたりする『潮汐力』で熱が発生し、地下の暖かい氷がマントルのように上昇(ダイアピル)。地表を突き破ってコロナを形成したのではないか?」
地球のマントル対流に似た現象が、氷の天体であるミランダの内部で起こったという考え方です。天体を一度破壊するという非常にまれな出来事を仮定しなくても、内部の物理現象だけで地形の形成を説明できるため、より自然なモデルだと考える科学者が増えています。
どちらの説が真実なのか、まだ結論は出ていません。いずれにせよ、この小さな衛星が、その見た目からは想像もつかないほど激動の時代を経験してきたことだけは間違いないようです。
内部海の可能性!活発な過去を秘めるアリエルとチタニア
ミランダの劇的な過去とは対照的に、アリエルとチタニアは、その比較的穏やかな表面の下にこそ、最も熱い秘密を隠しているのかもしれません。

Space Science Reviews
活発な地質活動の痕跡
- アリエル: 五大衛星の中で最も表面が明るく、地質学的に「若い」とされています。表面には巨大な谷や断層が網の目のように走り、過去に内部から物質が噴出する氷の火山活動(クライオボルカニズム)があったことを強く示唆しています。
- チタニア: 天王星最大の衛星であるチタニアにも、全長1,000km以上に及ぶ巨大な渓谷が存在します。これは、かつて内部が膨張し、地殻が引き裂かれた痕跡だと考えられています。
氷の下に眠る「海」
かつては活動の痕跡としか見られていませんでしたが、2023年に発表されたNASAの最新研究は、私たちを驚かせました。
ボイジャー2号のデータと最新のシミュレーションを組み合わせた結果、アリエル、チタニアを含む4つの衛星の氷地殻の下に、現在も深さ数十kmの液体層、すなわち内部海が存在する可能性が非常に高いことが示されたのです。
内部の岩石核に含まれる放射性元素の崩壊熱が、氷を溶かすのに十分なエネルギーを供給し続けていると考えられています。この海にはアンモニアなどが溶け込んでいる可能性があり、それが不凍液の役割を果たして凍結を防いでいるのかもしれません。
静寂の古戦場 – 暗黒のウンブリエルとクレーターの王オベロン
活発な活動の痕跡を見せるアリエル達とは異なり、ウンブリエルとオベロンは一見すると時が止まったかのような世界です。しかし、その見た目に騙されてはいけません。
- ウンブリエル: 五大衛星の中で最も暗く、光をほとんど反射しません。その表面は非常に古く、無数のクレーターに覆われています。なぜこれほど暗いのかは謎に包まれていますが、唯一の例外が「ワンダ・クレーター」。クレーターの底に、不思議な明るいリングが輝いています。
- オベロン: ウンブリエル同様、古くてクレーターだらけの表面を持っています。いくつかの巨大なクレーターの底には、正体不明の暗い物質が溜まっており、過去に何かがあったことを物語っています。
これら2つの衛星は、かつて「退屈な世界」とさえ言われました。しかし、最新の研究では、この静かな兄弟たちの下にも内部海が存在する可能性が指摘されています。見た目の静けさとは裏腹に、その内部では今も壮大なドラマが繰り広げられているのかもしれません。
まとめ:ボイジャーが見た夢の先へ – 未踏の巨人への次なる旅
つぎはぎの怪物ミランダ、内部海を秘めるアリエルとチタニア、暗黒の古戦場ウンブリエルとオベロン。
個性豊かな五兄弟の姿は、天王星系がいかに激動の歴史を経てきたかを物語るタイムカプセルです。
驚くべきことに、私たちが持つ彼らの鮮明な画像のほとんどは、1986年にたった一度だけ天王星をフライバイ(接近通過)した探査機Voyager 2によってもたらされたものです。
しかし、その沈黙は破られようとしています。
現在、NASAの次期大型探査計画の最優先候補として、天王星探査機(Uranus Orbiter and Probe)が検討されています。もし実現すれば、2030年代に打ち上げられ、2040年代に天王星系に到着。史上初めて天王星の周回軌道に入り、衛星たちを詳細に調査します。
内部海は本当に存在するのか?ミランダの過去に何があったのか?
Voyagerが見た夢の先にある答えを、私たちは手にすることができるかもしれません。天王星の衛星劇場、その第2幕はもうすぐそこまで来ています。
おさらい:今日の宇宙用語
- クライオボルカニズム: 水やアンモニアなどがマグマのように振る舞い、地表に噴出する現象。「氷の火山活動」。
- 潮汐加熱: 巨大な天体の重力によって、衛星の内部が伸び縮みさせられることで熱が発生する現象。
- コロナ: 氷の天体に見られる、溝や尾根が同心円状に集まった巨大な地形。内部からの物質の上昇によって形成されると考えられている。
あなたの「推し衛星」は?
五兄弟の中で、あなたが最も心惹かれた、あるいは探査してみたい衛星はどれですか?
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