コラム・読み物

世界は11次元だった? 僕が物理学に恋した「超ひも理論」への招待状

この記事は、物理学という名の壮大な“地図”を、あなたと共に読み解いていく冒険への招待状です。

僕が学生時代に初めて「この世界は11次元かもしれない」という話を聞いたとき、正直に言って「SFの世界だ」と思いました。しかし、アインシュタインが残した宿題を解くようにその理論を学び進めるうち、その数学的な美しさと、宇宙の根本を説明しようとする人間の知性の営みに、鳥肌が立つほどの感動を覚えたのです。この記事は、僕が体験したその知的な興奮を、あなたと共有したいという思いから生まれました。

「私たちの世界は、タテ・ヨコ・高さの3次元に、時間を加えた4次元時空である」

これは、私たちが学校で習い、疑うことのない世界の姿です。しかし、現代物理学の最先端では、この宇宙が11次元である可能性が、大真面目に語られています。

「物理学は少し苦手…」という方でも大丈夫。これは難解な数式の話ではありません。人類最高の知性が挑み続ける、壮大な科学ミステリーにご案内します。

この記事を最後まで読み終えたとき、あなたは単に知識を得るだけでなく、宇宙を見る“解像度”が上がり、いつもの夜空が昨日までとは全く違って見える、そんな体験をすることになるでしょう。

さあ、常識を書き換える旅に出発しましょう。


【第1章】次元とは何か? – 0次元から4次元時空への旅

すべての基本となる「次元」という概念から、旅を始めましょう。これは、僕たちの常識という名の“現在地”を確認する作業です。

物理学において次元とは、「空間のある一点の位置を示すために必要な、座標軸(数字)の数」を意味します。言葉にすると難しいですが、階段を一段ずつ登るように考えれば、少しも怖くありません。

  • 0次元: 「点」の世界。広がりがなく、位置を示すのに数字は不要です。
  • 1次元: 「線」の世界。線上の一点を指し示すには、「スタートから何m」という1つの数字が必要です。
  • 2次元: 「面」の世界。地図上の一点を指し示すには、「緯度と経度」という2つの数字が必要です。
  • 3次元: 「立体」の世界。私たちの世界です。空を飛ぶドローンの一点を指し示すには、「緯度・経度・高度」という3つの数字が必要です。

そして、ここにアインシュタインは「時間」という4番目の座標軸を加えました。待ち合わせをするには「どこで(空間3次元)」だけでなく「何時に(時間1次元)」も決めなければならないように、この宇宙の出来事はすべて、空間と時間が一体となった4次元時空という舞台で起きています。

さて、私たちの常識である4次元時空の準備運動はここまでです。しかし、物理学者たちはなぜ、この快適な世界から飛び出す必要があったのでしょうか? それは一体、物理学におけるどのような「事件」だったのでしょう。


【第2章】なぜ高次元は必要か? 神々の喧嘩が生んだ「究極の理論」

20世紀の物理学には、二人の絶対的な神が存在しました。それは単なる優れた理論というだけでなく、世界の姿を根本から書き換えた、二つの異なる“世界観”でした。

  1. 一般相対性理論: アインシュタインが生んだ、重力を解き明かす理論。星や銀河といった巨大な世界を支配する。
  2. 量子力学: プランクやボーアが育てた、素粒子の振る舞いを解き明かす理論。原子や電子といった極小の世界を支配する。

この二つの理論は、それぞれ自身の領域では完璧な精度を誇ります。しかし、ブラックホールの中心や宇宙の始まりといった「極めて小さく、かつ重力が極めて強い」特殊な状況では、両者の計算結果が全く噛み合わず、無限大が飛び交うなど数学的に破綻してしまうのです。

これは単なる計算ミスではありません。物理学の根幹を揺るがす、世界の“バグ”でした。この“神々の喧嘩”を仲裁し、宇宙のすべてを一つの数式で説明する「万物の理論」の探求が始まりました。それは、アインシュタインが生涯をかけて追い求めた夢でもあります。

そして、その最も有力な候補として現れたのが、すべての素粒子を「点」ではなく、振動する「ひも」と考える、超ひも理論(超弦理論)でした。この理論は、数学的な整合性を保つために、私たちの世界が4次元以上であること、具体的には10次元であることを要求しました。

超ひも理論は、ついに神々の喧嘩を終わらせる救世主かと思われました。しかし、物語はそう単純ではありません。物理学を救うはずの理論は、なんと『5人』もの異なる容疑者として姿を現し、研究者たちを深い混乱の渦に突き落としたのです。


【第3章】分裂していた5つの理論という「容疑者」

超ひも理論は、一つの問題を解決した代わりに、新たな謎を生み出しました。なんと、数学的に矛盾のない超ひも理論が、一つではなく5つも見つかってしまったのです。

【5つの超ひも理論】

  • I型 (Type I)
  • IIA型 (Type IIA)
  • IIB型 (Type IIB)
  • SO(32)ヘテロティック (SO(32) heterotic)
  • E8×E8ヘテロティック (E8×E8 heterotic)

「万物の理論」は、この宇宙のたった一つの真理であるはず。それなのに、候補が5つもあるというのは、明らかに奇妙な状況です。それぞれが微妙に異なる性質を持つこれらの理論を前に、研究者たちは「一体、どの理論が僕たちの宇宙を正しく説明しているんだ?」と、五里霧中の状態に陥っていました。この混沌から、どうやって真実を見つけ出すというのでしょうか。


【第4章】10次元から11次元へ – “M理論”の登場と隠された1次元の謎

1995年、南カリフォルニア大学で開かれた弦理論の国際会議。ここで登壇したプリンストン高等研究所のエドワード・ウィッテンが、物理学の世界に激震を走らせる発表を行いました。僕がこの話を知った時、一人の人間の知性がここまで到達できるのかと、畏怖の念を抱いたのを覚えています。

「5つの超ひも理論は、それぞれがバラバラの理論なのではない。これらはすべて、たった一つの”親玉”理論の、異なる側面を見ているに過ぎない」

5人の容疑者は、犯人ではありませんでした。彼らは全員、同一人物が異なる変装をしていた姿だったのです!このウィッテンの発見は「第2次超ひも理論革命」と呼ばれています。

その謎を解く鍵が「双対性(そうついせい)」という、「一見すると全く違う理論なのに、計算してみると答えがピッタリ一致する」という魔法のような関係性です。ウィッテンは、この双対性というメガネを通して、5つの理論が巨大なネットワークで繋がっていることを見抜きました。

そして、この発見の中で最も衝撃的だったのが「11番目の次元」の出現です。ある理論の計算を進めていくと、まるで数式の中から、これまで誰も知らなかった宇宙の隠し部屋が見つかったかのように、新しい空間次元が1つ「生えて」きたのです。これは単なる数字の追加ではありません。宇宙の真の姿を記述するには、11個の座標軸が数学的に必須であることを意味する、衝撃的な結論でした。

ウィッテンはこの謎めいた親玉理論を「M理論」と名付けました。彼自身、Mが何を意味するのかを明言せず、「それはMagic(魔法)、Mystery(謎)、あるいはMembrane(膜)の頭文字だ。君たちの好みで選んでいい」と語ったという逸話は有名です。現在では、この理論がひもだけでなく、2次元の『膜(Membrane)』を宇宙の基本要素と考えることから、多くの物理学者はMはMembraneを指すものだと考えています。

M理論の世界では、宇宙の最小単位は1次元の「ひも」だけでなく、2次元の「膜(Membrane)」や、さらに高次元の物体(ブレーン)が主役となります。しかし、この驚くべき結論は、物理学者たちに最大の謎を突きつけます。もしそれが真実なら…「残りの7次元は、一体どこに隠れているんだ?」と。


【第5章】見えない7次元は、どこにある? – コンパクト化とブレーンワールド

私たちの日常で感じられない残りの7つの次元は、どこに消えてしまったのでしょうか?物理学者たちは、大きく分けて2つの刺激的な可能性を考えています。どちらの仮説が、あなたにとってよりロマンを感じるか、想像しながら読み進めてみてください。

可能性1:小さく丸まっている(コンパクト化)

数学者カラビとヤウの研究に端を発するこの考えは、余剰次元が、私たちが感知できないほど極めて小さいサイズに丸まって(コンパクト化されて)いるというものです。

🤔 ちょっと考えてみよう

遠くから一本のホースを眺めていると、それはただの「線(1次元)」に見えます。しかし、近づいてよく見ると、その表面には「円周」というもう一つの小さな次元が隠れており、本当は「面(2次元)」であることがわかります。

これと同じように、私たちの世界のあらゆる場所に、目には見えないほど小さく丸まった次元が隠れているのかもしれません。

この小さく丸まった次元の「形」として研究されているのがカラビ=ヤウ多様体と呼ばれる、非常に複雑で美しい幾何学図形です。そして、この図形の形の違いこそが、私たちの体を構成する電子やクォークといった素粒子の性質(質量や電荷など)を決めているのかもしれません。つまり、あなたの存在そのものが、この見えない7次元の幾何学によって定められているとも言えるのです。僕はこの考え方に、一種の運命論的な美しさを感じずにはいられません。

可能性2:私たちは「膜」の上で生きている(ブレーンワールド仮説)

リサ・ランドールやラマン・サンドラムといった物理学者が提唱した、さらに大胆な仮説がこちらです。私たちの3次元宇宙そのものが、より高次元の空間(バルク)に浮かぶ「膜(ブレーン)」のような存在である、というのです。

この仮説では、光や電子といったほとんどの素粒子は膜の上に閉じ込められていて、高次元空間へは移動できません。しかし、重力だけは例外で、高次元空間に漏れ出すことができると考えます。これは、物理学の長年の謎である「なぜ重力は他の力(電磁気力など)に比べて、桁外れに弱いのか?」という問いに見事な説明を与えるかもしれません。重力のパワーが高次元空間へ拡散してしまっているために、私たちの膜宇宙では弱く感じられる、というのです。

そしてこの仮説の本当に心を揺さぶる点は、もしこれが正しければ、私たちの宇宙は無数に浮かぶ膜の一つに過ぎないかもしれない、ということです。すぐ隣の1mm先には、私たちの知らない別の宇宙が存在している可能性すら示唆しているのです。


【まとめ】SFから科学へ、そして私たちの「ものの見方」へ

0次元から始まった私たちの旅は、ここで一旦終わりです。今、あなたの『宇宙を見る解像度』は、どのように変わったでしょうか?

これまで単なる”点”にしか見えなかった星々が、実は振動する『ひも』の姿なのかもしれない。何もないように見えるこの空間に、私たちの目には見えない小さな次元が隠されているのかもしれない。この記事を読む前と後では、世界の風景が少しだけ違って見えませんか?

この理論は、なぜ私たちの心を惹きつけるのか

忘れてはならないのは、超ひも理論やM理論が、まだ実験的に証明されたわけではない、壮大な仮説であるということです。ではなぜ、その検証は困難なのでしょうか。

一つは、理論が予言する現象を観測するには、欧州のLHC(大型ハドロン衝突型加速器)ですら到底及ばない、惑星サイズの加速器が必要になるほどの超高エネルギーが求められるため。もう一つは、余剰次元の丸まり方の候補(カラビ=ヤウ多様体)が10の500乗通り以上も存在し、我々の宇宙に合致するものを特定できていないという根深い課題があるためです。これは「ランドスケープ問題」と呼ばれ、あまりに膨大な選択肢があるために、かえって理論が「何でもあり」になってしまい、具体的な予測能力を失ってしまうという深刻なジレンマを抱えています。

それでも、この理論は単なる空想ではありません。アインシュタイン以来の物理学の夢である「万物の理論」に最も近い場所にいる、人類の知性の結晶です。そして僕が思うに、この理論の本当の価値は、答えそのものよりも、私たちの「ものの見方」を豊かにしてくれる点にあります。

超ひも理論は、私たちの固定観念がいかに脆いものであるかを教えてくれます。目に見えるものが全てではないこと、そして未知の世界がすぐそばに隠されている可能性。この視点は、日常生活や仕事で行き詰まったとき、私たちに「別の次元から物事を見てみる」という新しい思考のツールを与えてくれるのです。

僕にとって超ひも理論の学習は、物理学の知識以上に、「常識を疑い、世界の“解像度”を上げる」という思考法そのものを教えてくれました。この知的冒険に終わりはありません。

主な参考文献

  • ブライアン・グリーン (著), 『エレガントな宇宙―超ひも理論がすべてを解明する』 (Sosha, 2001)
  • 大栗 博司 (著), 『超弦理論入門』 (Kodansha, 2013)
  • リサ・ランドール (著), 『ワープする宇宙―5次元時空の謎を解く』 (NHK Publishing, 2007)

最後に。

もしあなたがこの記事を読み終えて、少しでも宇宙の不思議に心を動かされたなら、ぜひ今夜、空を見上げてみてください。

そこに輝く星々の光が、もしかしたら私たちの知らない高次元空間を旅してきたのかもしれない。僕たちの常識が、広大な宇宙の真実の、ほんの小さな一部分に過ぎないのかもしれない。

この記事が、あなたの世界をほんの少しでも豊かにする、新しい視点となったことを願っています。

もし、あなたが余剰次元を覗き見ることができるとしたら、そこにはどんな世界が広がっていると思いますか?ぜひコメントで、あなたの自由な空想を聞かせてください!

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