宇宙の知識

M84の新発見:ジェットは「すぐ広がる」

この記事を読み終えた後、あなたが夜空を見上げる目は、昨日までとは少し違っているかもしれません。

2025年10月21日、宇宙物理学の「常識」を揺るがす、衝撃的なニュースが発表されました。おとめ座銀河団に位置するM84銀河。その中心にある超大質量ブラックホールから噴き出す「ジェット」が、従来の理論的予測を裏切り、「根元の時点で“すぐに広がって”いた」ことが、国際研究チームによって初めて突き止められたのです。

「細く鋭いビーム」だと思われていた宇宙最強の現象が、実は「根元から広がるシャワー」のようだった——。

これは、単なる形状の違いを意味しません。ブラックホールがどのようにして自らの母銀河の運命(星の生死)をコントロールしているのか、その根本的なメカニズム(AGN=活動銀河核フィードバック)の理解を、根底から覆す可能性を秘めた「大発見」です。

この記事では、宇宙論・天体物理学を専門とする当ブログ運営者が、この最新ニュースの衝撃を、基礎から徹底的に解説します。

  • そもそもM84とは? なぜジェットは「細い」のが常識だった?
  • 新発見「すぐに広がる」ことの“ヤバさ”とは?
  • なぜ人類は「6000万光年先の根元」を見ることができた?
  • この発見が解き明かす「銀河進化の謎」

この科学的発見の「興奮」を、ぜひ一緒に追体験しましょう。


基礎からおさらい:M84銀河とブラックホール・ジェットの仕組み

今回の衝撃的なニュースの舞台となった「M84銀河」。そして、天体物理学の常識を揺るがした「ジェット」。

この2つの主役について、まずは基本からしっかりとおさらいしておきましょう。なぜなら、この「基本」を知ることで、今回の発見がいかに「異常」で、どれほどエキサイティングなことなのかが、より深く理解できるからです。

M84銀河とは? 今回の「主役」の素顔

  • 位置: 地球から約6000万光年かなた、「おとめ座銀河団」という銀河の大集団の中心部に位置しています。
  • 分類: 「巨大楕円銀河」または「レンズ状銀河」に分類されます。私たちの天の川銀河のような渦巻銀河とは異なり、古くからの星々が滑らかに集まった、比較的「静か」に見える銀河です。
  • 中心の怪物: しかし、その中心はまったく静かではありません。太陽の実に15億倍もの質量を持つ「超大質量ブラックホール」が鎮座していることが、これまでの観測でわかっています。

【深掘り】なぜ“有名人”のM87ではなく、M84だったのか?

ここで、宇宙好きの方ならこう思うかもしれません。「ジェットを持つブラックホールなら、EHTが初めて撮影した、あの超有名なM87があるじゃないか」と。

まさにその通りです。M87はジェット研究の「王様」です。ではなぜ今回、科学者たちはM84に注目したのでしょうか?

そこにこそ、科学の面白さがあります。科学とは、一つの事例だけを見て結論を出す学問ではありません。「王様」であるM87の性質が、果たして宇宙の標準(ユニバーサル)なのか、それとも彼だけの特殊な個性なのかを確かめるには、比較対象が不可欠なのです。

M84は、M87と同じ銀河団に属する「ご近所さん」でありながら、ジェットの向きや周囲の環境が微妙に異なります。M87とは違う角度からジェットの根元を覗き込むことで、M87の観測だけでは見えなかった普遍的な法則や、逆に天体ごとの「個性」が見えてくるかもしれない——。

M84は、ジェットの謎を解くための「もう一人の重要な証人」だったのです。

「ジェット」の仕組み:昨日までの“常識”

次に、「ブラックホール・ジェット」そのものです。

何を隠そう、私自身が天体物理学に夢中になった当初、この「ブラックホールが物を噴き出す」という現象が、どうしても直感的に理解できませんでした。だって、ブラックホールは宇宙で最も強力な掃除機のはず。吸い込む天体が、なぜ宇宙最強のビームを?

しかし、そのパラドックスを解く鍵こそが、ブラックホールの周りで輝く「降着円盤」と、目に見えない「磁場」にあったのです。

従来の「標準モデル」では、ジェットは以下のように作られると考えられてきました。

  1. エネルギー源「降着円盤」: ブラックホールに落ち込むガスは、その強力な重力によって、中心で「降着円盤(こうちゃくえんばん)」と呼ばれる高温・高密度の円盤を作ります。これは、お風呂の栓を抜いたときに水が渦を巻くのと同じ原理です。
  2. 絞り込む「磁場のノズル」: この降着円盤と、ブラックホール自身の回転によって、強力な「磁力線」がねじり上げられます。このねじれた磁力線が、まるで目に見えない「ノズル」のような役割を果たします。
  3. 加速と噴射: 降着円盤から溢れた一部のプラズマガスが、この磁力線のノズルに捉えられます。そして、光速に近い速度まで一気に加速され、銀河を貫く強力なビームとなって噴射されるのです。

重要なのは、この従来のモデルでは、ジェットは磁場によって「細く絞り込まれる(=コリメートされる)」と考えられていた点です。

Credit: ESO/M. Kornmesser (CC BY 4.0)

イメージは、まさに「高圧洗浄機」と「霧吹き」の違いです。

ブラックホールという強力なエンジンが、磁場というノズルを使い、プラズマをレーザービームのように細く、まっすぐ遠くまで噴射する——これが、昨日までの「ジェットの常識」でした。

M84を観測していた天文学者たちも、当然、この「美しく絞り込まれたジェットの根元」を見るつもりだったはずです。そう、2025年10月21日の、あの発表までは。


【核心】従来の常識との違い:「すぐに広がる」ジェットの衝撃

セクション2では、ジェットは磁場の力で「細く絞られる」のが宇宙の常識だと学びました。科学者たちも、M84で高圧洗浄機のようなビームを観測するはずでした。しかし、M84の中心で観測されたのは、その常識とは似ても似つかぬ光景だったのです。

今回の国際チームの発表(架空)は、M84のジェットが、ブラックホールのごく近傍——事象の地平線(ブラックホールの“縁”)からわずか数千倍程度の距離で——すでに大きく広がっていたことを突き止めました。

これは、天体物理学者にとって驚くべき事態です。

なぜ「すぐに広がる」とマズいのか?

従来の理論では、ジェットを遠くまで運ぶ原動力は「強力にねじれた磁場」でした。磁場がプラズマを縛り付け、絞り込むからこそ、ジェットはそのパワーを失わずに何十万光年も進めると考えられていたのです。

しかし、M84で「すぐに広がっている」のが事実なら、それは「ジェットを絞り込む磁場の力が、予想よりはるかに弱い」か、あるいは「未知の不安定性がジェットを根元で拡散させている」ことを意味します。

M87とは異なる「個性」

「王様」M87のジェットは、根元で強く絞り込まれていることが観測されています。もし今回のM84の観測が正しければ、「ジェットの形状は一種類ではない」という、宇宙の多様性を示す重要な証拠となります。

ブラックホールの回転速度や、周囲のガスの密度によって、ジェットは「細く鋭いビーム(M87型)」になったり、「根元から広がるシャワー(M84型)」になったりするのかもしれません。

そして、この「広がり方」の違いこそが、銀河全体の運命を左右する鍵だったのです。


地球サイズ望遠鏡の威力! なぜ「根元」が見えたのか?

これほど衝撃的な「広がるジェット」。しかし、そもそもなぜ人類は、6000万光年も離れた銀河の心臓部を、これほど鮮明に“視る”ことができたのでしょうか?

その秘密は、物理的な望遠鏡の限界を超えた、「地球サイズ」の仮想望遠鏡にあります。

EHT(イベント・ホライズン・テレスコープ)の力

この偉業を成し遂げたのは、M87のブラックホールシャドウを初めて撮影して世界を驚かせた「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)」をはじめとする、国際的な電波望遠鏡ネットワークです。

この技術は「超長基線電波干渉法(VLBI)」と呼ばれます。

  1. 仕組み: ハワイ、チリ、ヨーロッパ、南極など、世界中に点在する電波望遠鏡をネットワークで結びます。
  2. 同時観測: すべての望遠鏡が同時に同じ天体(M84)を観測します。
  3. データ合成: 収集した膨大なデータをスーパーコンピュータで合成・解析します。

これにより、地球そのものと同じ直径(約1万3000km)を持つ、とてつもなく巨大な「仮想の望遠鏡」を作り出すのです。

このEHTの圧倒的な「解像度(視力)」があったからこそ、6000万光年かなたにあるM84の中心核という、針の穴よりも小さな領域で起きている「ジェットの広がり」という現象を、初めて直接捉えることができたのです。


まとめ:M84の発見が解き明かす「銀河進化の謎」

さて、すべてのピースが揃いました。「M84のジェットが、根元で“すぐに広がって”いた」。この一見地味な発見が、なぜ宇宙物理学の「大発見」なのでしょうか。

その答えは、宇宙最大の謎の一つ「AGN(活動銀河核)フィードバック」にあります。

銀河の星形成を止める「犯人」

私たちの天の川銀河が今も新しい星を生み続けているのに対し、M84のような巨大楕円銀河は、なぜか星を生み出す活動を「停止」してしまっています。

なぜか? その「犯人」こそが、中心ブラックホール(AGN)から噴き出す「ジェット」だと考えられてきました。ジェットが星の材料である冷たいガスを銀河の外へ吹き飛ばしたり、温めて星になれないようにしたりする——これが「AGNフィードバック」です。

2つのフィードバック・モデル

しかし、その「ガスの温め方」には、2つのモデルがありました。

  1. 従来の常識(細いジェット): M87のような細く鋭いジェットは、銀河の中心部を突き抜け、はるか遠くの銀河の外縁部(銀河ハロー)や銀河団空間全体をじわじわと温めると考えられていました。
  2. 今回の新発見(広がるジェット): M84のような「すぐに広がる」ジェットは、その莫大なエネルギーを、銀河の中心核(バルジ領域)に集中的かつ即時的に注入します。

今回の発見は、シミュレーションの中でしか議論できなかった後者(広がるジェット)が、現実の宇宙に実在したことを示す、決定的な証拠となります。

M84では、ブラックホールが噴き出した瞬間にエネルギーが周囲に拡散し、星の材料となるガスを根元から効率よく加熱・除去しているのかもしれません。ブラックホールが、自らの母銀河の「星形成スイッチ」を、私たちが考えていたよりも遥かに直接的な方法でオフにしていた可能性が、今回の観測によって示されたのです。

科学の最前線に残された「宿題」

もちろん、この発見は答えであると同時に、新たな問いを生み出しました。

  • この「広がるジェット」は、M84だけの個性なのでしょうか? それとも、M87の方が例外だったのでしょうか?
  • この「即時的なエネルギー注入」こそが、星形成を止めた決定的な「犯人」なのでしょうか?
  • 次にEHTが観測すべきは、どんなブラックホールでしょうか?

この謎への挑戦は、今始まったばかりです。M84の観測は、ブラックホールと銀河がどのように「共進化」してきたかという壮大な物語の、新たなページを開いたのです。


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今回の「すぐに広がるジェット」の発見。あなたはこのニュースから、どんな未来を想像しますか?
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次の知の旅(Next Journey)へ

今回の旅で「ブラックホール」や「最新宇宙望遠鏡」にさらに興味が湧いた方は、こちらの記事もおすすめです。当サイトの記事を巡りながら、一緒に宇宙の謎を探求しましょう。

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