プロローグ:夜空の星、あの輝きまでの本当の距離、どうやって測るか知っていますか?
夜空に輝く無数の星々。その美しさに感動する一方、「あの星はどれくらい遠いのだろう?」と考えたことはありませんか?
古代ギリシャの時代から、人類はこの宇宙の大きさを知ろうと挑んできました。しかし、恒星までの距離はあまりに遠く、その測定は極めて困難な課題でした。
伝統的な測定方法として年周視差(三角測量)というものがあります。これは地球が太陽の周りを公転することを利用し、半年後の位置から見える星の「ズレ」を測る方法です。1838年にドイツの天文学者ベッセルが初めてこの方法で星までの距離を測定することに成功しました。
しかし、この方法で測れるのは、天の川銀河の中にある、比較的「近く」の星に限られます。銀河の直径が約10万光年もあるのに対し、数千光年も離れると、この「ズレ」はあまりに小さく、測定は不可能でした。
では、天の川銀河の外、数百万光年も離れた天体までの距離を、人類はどうやって測ったのでしょうか?
その鍵は、20世紀初頭、ある女性の地道な研究にありました。これは、宇宙の広さを初めて人類に示してくれた、知られざる英雄たちの物語です。
1. ハーバード大学の「コンピュータ」とは?星図に隠された女性たちの物語
物語の舞台は、20世紀初頭のハーバード大学天文台。
19世紀後半、天体写真の技術が発展すると、天文台には夜空を写した膨大な数のガラス乾板が蓄積されていきました。そこには人間の目では到底捉えきれない、無数の星々が記録されていました。
しかし、それは同時に「データの爆発」でもありました。この膨大な情報を解析し、星を分類・整理する作業は、天文学者たちだけでは到底追いつきません。
ハーバード・コンピュータの誕生
そこで、当時の台長だったエドワード・ピッカリングは、多くの女性を「コンピュータ(計算手)」として雇用しました。現代のように機械が計算する以前、「コンピュータ」とは計算を行う人間の職業名だったのです。
彼女たちの仕事は、乾板の上に写る無数の星の点を一つひとつ確認し、
- 星の位置
- 明るさ(等級)
- 光のスペクトル
などを地道に測定し、カタログ化することでした。

当時、女性が専門職に就く機会は非常に限られていました。彼女たちは男性研究者よりもずっと低い賃金(時給25セント程度だったと言われます)で雇われ、その功績が正当に評価されることも稀でした。一部では、蔑称的に「ピッカリングのハーレム」と呼ばれることさえあったのです。
しかし、この逆境ともいえる環境の中から、天文学の歴史を塗り替える偉大な発見が生まれました。彼女たちの中には、歴史に名を遺す傑出した天文学者がいたのです。
- ウィリアミーナ・フレミング:もとはピッカリング家のメイドでしたが、その才能を見出され、有名な「馬頭星雲」を発見しました。
- アニー・ジャンプ・キャノン:現在でも使われている恒星のスペクトル分類法(O-B-A-F-G-K-M)を確立し、生涯で35万個以上の星を手作業で分類しました。
そして、この「コンピュータ」の一員こそ、この記事の主人公、ヘンリエッタ・スワン・リービットでした。次のセクションでは、彼女がどのようにして、この地道な作業の中から宇宙の根幹を揺るがす法則を発見したのか、その瞬間に迫ります。
2. 星の瞬きに宇宙の法則を発見!ヘンリエッタ・リービットの革命
ハーバード大学天文台の薄暗い部屋で、ガラス乾板と向き合う一人の女性がいました。彼女の名前はヘンリエッタ・スワン・リービット。前セクションで紹介した「コンピュータ」の一員であり、この記事の主人公です。
聴覚を失ったことで、彼女はむしろ内なる思索の世界に深く没入できたのかもしれません。男性中心の騒がしい議論とは無縁の静寂の中、ガラス乾板に焼き付けられた無数の星々のささやきは、誰よりも彼女にこそクリアに聞こえていたのでしょう。
彼女の静かな情熱と驚異的な粘り強さが、のちにアインシュタインと並び称されるほどの宇宙観の大革命を引き起こすことになります。その発見の鍵は、「星の瞬き」という、ほんの僅かな光の変化に隠されていました。
彼女に与えられた地道な任務と「天然の実験室」
リービットに与えられた仕事は、南半球の夜空に浮かぶマゼラン雲の中に存在する「変光星」を見つけ出し、その明るさの変化を記録するという、途方もなく地道な作業でした。

そもそも変光星ってなに?
読んで字のごとく、明るさが変わる星のことです。日食のように何かが星を隠すことで暗くなるものもあれば、星自体が膨らんだり縮んだりして明るさを変えるものもあります。リービットが注目したのは後者の「脈動変光星」でした。
彼女は何年にもわたり、何千枚ものガラス乾板を比較し、無数の星の中から、明るさを変えるものだけを根気よくリストアップしていきました。それは、巨大なジグソーパズルの中から、特定のピースだけを探し出すような作業でした。
そしてこの「マゼラン雲」という観測対象こそ、彼女に世紀の発見をもたらす幸運な舞台となります。
なぜマゼラン雲だったのか? 奇跡的な「天然の実験室」
リービットがこの法則を発見できた最大の理由は、マゼラン雲が「天然の実験室」として機能したからです。マゼラン雲は地球から非常に遠く(約16万光年先)、雲に含まれる星々は、私たちから見れば「ほぼ同じ距離にある」と見なせます。これにより「距離」という厄介な変数を無視して、「星の本来の性質」だけを純粋に比較することができたのです。
混沌から法則へ、歴史が動いた「発見の瞬間」
来る日も来る日も、彼女は乾板上の光の点を比較し続けました。それは、星のまたたきを数字に置き換える、孤独で骨の折れる作業でした。データは増え続け、記録ノートは数字で埋め尽くされていきました。
最初は、それらは単なる混沌とした数字の羅列に見えたかもしれません。しかし、彼女が特に注目した「セファイド変光星」のデータをグラフにプロットした瞬間、その光景は一変します。
バラバラのはずだったデータ点が、まるで意志を持っているかのように、美しい一本の直線を描いたのです。

偶然ではありえない、完璧な調和。それは、宇宙が従うシンプルで力強い法則そのものでした。1912年、天文学の歴史を永遠に変える論文が発表されます。その結論は、この美しいグラフが示す通り、驚くほど明快でした。
「セファイド変光星は、変光周期が長い星ほど、絶対的に明るい」
これが、宇宙の大きさを測る鍵となる「周期-光度関係」の発見の瞬間でした。一見地味なこの法則が、なぜ人類が初めて手にした「宇宙のものさし」と呼ばれるほど革命的だったのでしょうか。
なぜこれが「宇宙のものさし」になるのか?
この発見が革命的だった理由を、身近な例で考えてみましょう。
【思考実験:霧の中のバイク】
あなたが暗い霧の道に立っているとします。遠くからバイクが一台近づいてきます。
- ヘッドライトがものすごく明るく見えたら、「ああ、近くにいるんだな」と分かります。
- ヘッドライトがぼんやりと暗く見えたら、「まだ遠くにいるな」と判断できます。
これは、あなたが「バイクのヘッドライトの本来の明るさ」を知っているからできる判断です。
では、もし遠くにいるのが、ヘッドライトが強力な大型バイクなのか、ライトが暗い原付バイクなのか分からなかったらどうでしょう? 見かけの明るさだけでは、距離を判断できませんよね。 遠くにいる大型バイクと、近くにいる原付バイクは、同じくらいの明るさに見えるかもしれないからです。

宇宙の星々もこれと全く同じでした。地球から見える星の明るさ(見かけの等級)は分かっても、その星が「本当に明るい星(大型バイク)」なのか、「もともと暗い星(原付バイク)」なのか区別がつきません。だから、正確な距離が分からなかったのです。
リービットの発見は、この問題を完璧に解決しました。
彼女の発見した「周期-光度関係」を使えば、バイクの種類、つまり「ヘッドライトの本来の明るさ(絶対等級)」を知ることができるようになったのです。
具体的には、以下の3ステップで距離が分かります。
- 【周期を測る】
まず、遠くにあるセファイド変光星が、何日間かけて明るくなったり暗くなったりするか(周期)を観測します。 - 【本来の明るさを知る】
次に、リービットの法則「周期が長いほど明るい」に当てはめます。観測した周期から、その星の本来の明るさ(絶対等級)が計算できるのです。 - 【距離を割り出す】
「本来の明るさ」と、地球から見た「見かけの明るさ」を比較します。その差が大きければ大きいほど、星は遠くにあるということになります。
この発見のおかげで、人類は初めて、はるか彼方の天体までの距離を測定する信頼できる「ものさし」を手に入れました。リービットが見つけたセファイド変光星は、宇宙の距離を知るための完璧な「標準光源(Standard Candle)」となったのです。
彼女が作り上げたこの完璧な「ものさし」は、ある一人の野心的な天文学者の手に渡ることで、その真価を発揮します。次のセクションでは、このものさしが、いかにして私たちの宇宙観を永遠に変えたのかを見ていきましょう。
3. リービットの遺産が宇宙を広げた:ハッブルとアンドロメダ銀河論争の決着
ヘンリエッタ・リービットが発見した「宇宙のものさし」。それは、ある世紀の天文学論争に終止符を打つための、最後の切り札となりました。
背景:天文学における「大論争(The Great Debate)」
1920年、天文学界は二つの宇宙観を巡って真っ二つに割れていました。
- ハーロー・シャプレーの主張:
宇宙とは、我々の天の川銀河ただ一つである。アンドロメダ星雲のような渦巻状の天体は、銀河の中にあるガス雲に過ぎない。 - ヒーバー・カーティスの主張:
宇宙には、天の川銀河のような銀河(島宇宙)が無数に存在し、アンドロメダ星雲もその一つである。
私たちの宇宙が天の川銀河だけで閉じているのか、それとも無数の銀河が浮かぶ広大な空間なのか。当時は誰もその答えを出せずにいました。この論争を決着させるには、アンドロメダ星雲が「銀河の内にあるか、外にあるか」をはっきりさせる、つまりそこまでの正確な距離を測る必要があったのです。
エドウィン・ハッブルと論争の終結
そこに登場したのが、天文学者エドウィン・ハッブルです。
彼は当時、世界最大だったウィルソン山天文台の望遠鏡を使い、アンドロメダ星雲を観測。そしてついに、その中に複数のセファイド変光星を発見したのです。

縣秀彦著 岡村定矩監修『ビジュアル天文学史』(緑書房)より
(原図はThe Huntington Digital Library)
チャンスが訪れました。ハッブルは、すぐさまリービットが発見した「周期-光度関係」という「ものさし」を使い、それらの星までの距離を計算しました。
その結果は、衝撃的なものでした。
ハッブルが計算したアンドロメダ星雲までの距離は、約90万光年(※当時の計算値。現在のより正確な値は約250万光年)。これは、当時考えられていた天の川銀河の直径(約10万光年)をはるかに超える値でした。
これは、アンドロメダ星雲が天の川銀河の中にある天体ではなく、遥か彼方に存在する、私たちとは別のもう一つの銀河であることを示す決定的な証拠でした。
1924年のこの発見により、「大論争」は完全に終結。人類の宇宙観は、天の川銀河の中から、無数の銀河が浮かぶ広大な宇宙へと、一気に拡大したのです。
ハッブルのこの歴史的偉業は、ヘンリエッタ・リービットという一人の女性が、ハーバードの片隅で発見した「ものさし」がなければ、決して成し遂げられませんでした。しかし、彼女の遺した功績の本当の価値は、ここからさらに大きく花開いていくことになります。
エピローグ:夜空を見上げるあなたへ。星々の物語はまだ終わらない
ヘンリエッタ・リービットと「ハーバード・コンピュータ」たちの地道な仕事は、現代宇宙論の壮大な物語の、まさにプロローグでした。
彼女たちが発見した「宇宙のものさし」は、ハッブルによる「銀河系の外の宇宙」の発見に繋がり、さらには宇宙全体が膨張しているという「宇宙膨張」の発見へと繋がっていきます。現代宇宙論の根幹であるビッグバン理論も、すべてはこの一点から始まったのです。
科学の歴史は、教科書に載る有名な英雄だけの物語ではありません。リービットのように、正当な評価や地位を得られない中でも、純粋な探求心から歴史を動かす発見をした人々が数多く存在します。
今度あなたが夜空を見上げるとき、星の光の中に、ぜひ彼女たちの情熱と探求の物語を感じてみてください。
一つの星の、ほんの僅かな瞬き。
その中に隠された法則を見抜いた一人の女性が、私たちにこの広大な宇宙の真の姿を教えてくれたのですから。
この物語の続きを旅する
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